どんよりとした鈍い灰色の空の下で里保は凍えながら開場を待っていた。その横を通り過ぎようとした達也だったが、彼女が目に入り足を止めた。儚げな横顔に達也は不思議な魅力を感じた。色のない景色の中で蹲る彼女は、美しい静かな諦念のようだった。滅茶苦茶にしてやりたくなるような女だった。どうにかして話しかけようと思った。周囲を見渡すと近くにチェーン店のカフェがあったので、そこでカフェモカとキャラメルラテをテイクアウトした。
「これ、買ってきたので、好きな方をどうぞ」
ぎこちなく二つのカップを差し出した。里保は驚いた様子でキャラメルラテを受け取った。
「温かい」
ただそれだけ言って、両手でカップを包んだ。少しだけ表情が緩んだ気がして、達也は安堵した。
その後、二人はこれからライブをするバンドについて当たり障りのない会話をした。と言っても話していたのは殆ど達也で、里保は短く返事をするだけだった。
会場を出ると空は表情を変え、激しい雨を降らせていた。
「どうしよう」
里保が力なく呟いた。
「こっちに行こう」
そう言って達也は里保をすぐ近くのホテル街へと連れて行った。道中で里保は達也の意図を察したが、断るわけでもなく、ただ言われるがままに達也の後ろを付いて行った。
土曜日の夜、しかも雨であるということもあってか、どこも満室だった。幾つもホテルを探し回ることに少し恥ずかしさを覚えた達也であったが、目の前の獲物を喰わらずに帰ることは避けたかった。
見つけたのは古びた旅館かのようなホテルだった。
エントランスに入ると石畳の間を縫うように水がながれていた。一瞬、利用することを躊躇ったが再びホテル街を彷徨うよりは良いと判断した。
「メダカって、強い個体は水面に近いところにいて、弱い個体は底の方にいるんだって。たぶんそれは人間も同じで、私達みたいな者たちは深いところで息をしていなければならないんだと思う」
口数の少ない里保が息を切らしながらこんなことを言ったので、達也はぎょっとしてしまった。
それは達也を見下しながらも、里保自身をも貶しているようだった。
「これからはお互いに錘になり合って、ずっと深くで沈んでいようね」
里保はそう言って、壁紙の剥がれた部屋の堅いベッドで目を瞑った。
Meli Melo
双極性障害患者の小説と病気のお話。
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