指輪の痛み

「死ぬときは一緒に死のう」
一哉は麗華にそう言った。麗華はこの上ない甘い愛の囁きだと思った。

週末は2人で必ず過ごした。そして新宿伊勢丹へよく買い物に行った。お互いに似合う服を選びあって購入し、デートではそれらを身に付けた。そうしていく内に、2人の恋愛感情が一緒に買った服という形で目に見えるようになった。

愛の始まりは夜明けに似ている。そして少しずつ成熟していき、光が2人を照らす。

麗華が行きつけのバーに行ったときのことだった。そこに高校の同級生だった一哉がいたのだ。2人は名前と顔を知っている程度の関係だったので、麗華は声を掛けるか少し考えた。

しかし一哉が心なしか落ち込んでいるようだったので、昔の知り合いと話すという非日常的なことによって気が紛れるのではないかと思い、隣に座ったのだった。

案の定、一哉は元気がなかった。仕事が上手く行っていないのだという。麗華はアドバイスや忠告をするのではなく、ただただ一哉の話を聞いた。
「お疲れ様」
「それは大変だったね」
「一哉は偉いよ」
高校時代も親しかったわけでもないし、ましてや久し振りに会ったため、踏み込んだ言葉は言えなかった。また麗華自身、悩んでいるときにされる無責任な返答が大嫌いだった。そして男は女に癒しを求めるという麗華の考えもあった。癒しを提供できる女だと感じてもらえたら、その男は恋に落ちるというものだった。

そのためその日はひたすら一哉の愚痴を聞いた。
「また何かあったら連絡して。話を聞くことならいくらでも出来るから。今日は話をできて嬉しかったよ。近いうちにまた会いたいね。」
そう言って麗華は自分の連絡先を一哉に伝え、帰路についた。

翌日、早速一哉から連絡があった。
「僕は君に惚れそうだ」
唐突の言葉に麗華は驚いたが、気晴らしになってくれたことに自分が役に立ったという達成感を得た。しかしその一方で、自分の思い通りに事が進んだことにも少し喜びもした。

こうして、2人の恋愛関係が始まった。
麗華の考えた通りの始まり方をした恋愛関係であったが、麗華は徐々に心から一哉に惹かれるようになった。共に過ごす時間を重ねていくことで、2人の心は近付き重なり合っていったのだ。

「今日の服は君と買ったもので揃えたよ」
一哉が照れ臭そうに言った。
麗華は「本当だ。」とだけ返事をしたが、一哉を染め上げられた気がして、内心は嬉しかった。

一緒に買ったペアリングが、手を繋ぐと一哉のリングが指に食い込んで麗華は少し痛みを感じていた。しかしそれさえも愛おしく感じていた。そのため異性と手を繋ぐという中学生からしているような行為でさえ、一哉となら心が温もりに包み込まれるような幸せを感じていた。

しかし麗華は思い通りになりすぎる恋愛に少しずつ飽きていった。手のひらで転がすとその通りに動く一哉というビー玉で遊ぶことに退屈を覚え、放り投げてしまいたくなった。

高く登った太陽の光は、徐々に沈んでいった。

愛は夜明けから始まり、高く登り絶頂を迎える。そのあとは、落ちるだけだ。夕焼け空の下で、一緒に買った服を着ている一哉を横目にしながら、指に食い込むペアリングが少し鬱陶しく感じられた。

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Meli Melo

双極性障害患者の小説と病気のお話。